私は大阪という都市にいる。正確には「大阪市中央区」と呼ばれる区画に分類される場所らしい。なぜここにいるのか、正確な経緯は思い出せない。おそらく、あの不快な医師が「気分転換になる」と言っていた気がする。だが、誰の気分を、どこへ転換するというのだ?
朝、私は「なんば」という場所のホテルを出た。空気は湿っていたが、どこか人懐っこい。まるで街全体が、言葉を持たぬ犬のように、こちらの匂いを嗅ぎにくる。
歩くうちに、奇妙な看板が目に入った。
「くいだおれ太郎、こちら!」
私は、ひとりの道化の姿をした人形と目を合わせた。その表情は、笑っているのか泣いているのかわからなかった。だが私には、彼が囚われていることだけはすぐにわかった。彼は一日中太鼓を叩くことを命じられ、その意味を知らぬまま、人々のカメラに微笑みかける。
私は身震いし、彼に一礼してその場を離れた。
次に私は、「通天閣」という塔の下にいた。そこでは、並んだ人々が「ビリケン」と呼ばれる神像の足を撫でていた。なぜか皆、笑顔だった。その神は、誰にも似ていない顔をしていた。私は思った。「これは、幸福を約束するために作られたが、誰ひとりそれを信じていない神なのではないか」と。
私は恐る恐るその足に触れた。すると、まるで夢の中のように、周囲の人々の顔が少しずつ、私自身の顔に似てきた。私は逃げた。笑い声がどこまでも追いかけてきた。
疲れて入った店で、串カツを注文した。「ソース二度づけ禁止」と壁に書かれている。私は一度だけソースに浸したが、それが本当に「一度目」だったのか、誰が保証できるのか? すでに皿に付着した他人の記憶が、串に乗っていたかもしれない。
私は食欲を失い、店を出た。
夜になっても、ネオンは眠らない。街が私を見つめていた。すべての電飾が目であり、音声が言葉であり、都市そのものが私に何かを伝えようとしていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿